エドワード・ティーチ

エドワード・ティーチ

エドワード・ティーチ

人物紹介

R、SR カリブ海や大西洋沿岸を荒らしたイングランド出身の大海賊。「黒髭」の異名をとる。戦いの際は短剣や銃を複数仕込み、豊かな黒髭に火をつけた導火線を編みこませていた。多くの商船が彼の餌食となり、沈められたという。
海賊島ナッソーを拠点としていたが、やがて私掠海賊による海賊狩りにより放棄する。それでもなお海賊行為は続けられた。実在。
UR カリブ海や大西洋沿岸を荒らしたイングランド出身の大海賊。「黒髭」の異名をとる。戦いの際は短剣や銃を複数仕込み、ほぼ使い捨てという豪快な性格。豊かな黒髭に火をつけた導火線を編みこませて火を放つこともあった。
陽気な雰囲気の持ち主で、それゆえに相手は油断してしまいすべてを奪われる結果となる。実在。

 

レアリティ コメント
UR 火薬も銃も、消耗品だ。なくなりゃ奪うだけだぜぇ!
SR 海賊黒髭、どっかで聞いたことあんだろ? あぁ?
R すべてを差し出すか…死か…最後に選ばせてやるぜ

 

ステータス

イメージ レアリティ LV 探検 戦闘 交易

エドワード・ティーチ
エドワード・ティーチ
SUR 120 MAX+22%
120 MAX
1 初期値
UR+ 110 MAX+17%
110 MAX
1 初期値
UR 100 MAX
1 初期値
イメージ レアリティ LV 探検 戦闘 交易

エドワード・ティーチ
エドワード・ティーチ
SSR 90 MAX+22% 13420 14152 10858
90 MAX 11000 11600 8900
1 初期値 4080 4600 3450
SR+ 80 MAX+17% 10764 11934 8704
80 MAX 9200 10200 7440
1 初期値 3400 3840 2880
SR 70 MAX 7800 8600 6200
1 初期値 2800 3200 2400
イメージ レアリティ LV 探検 戦闘 交易

エドワード・ティーチ
エドワード・ティーチ
HR 60 MAX+22% 9491 10736 7564
60 MAX 7780 8800 6200
1 初期値 2580 3200 2400
R+ 50 MAX 6480 7200 5160
1 初期値 2160 2740 2000
R 40 MAX 5400 6000 4300
1 初期値 1800 2100 1680

 

スキル

スキル 効果 備考
黒き災厄 容赦無き黒髭の攻撃により船体の被害が増加! UR
黒髭の眼光 戦闘開始時に敵の士気を下げる SR
砲撃強化 砲撃の威力が上昇する R
黒髭の破壊者 圧倒的な破壊力で、船体に与えるダメージを上昇 SR列伝

 

列伝クエスト

レアリティ SR
難易度
クエスト内容
必要海図
報酬

 

黒髭(くろひげ、英語: Blackbeard、1680年? – 1718年11月22日)は、イギリスの海賊。本名はエドワード・ティーチ(Edward Teach)、あるいはエドワード・サッチ(Edward Thatch)とされるが、偽名の可能性が高い。1716年から1718年にかけて、カリブ海や大西洋の沿岸を荒らしまわったことで知られる。

黒髭は、船を襲う際、何振りもの剣とナイフ、数丁のピストルを身につけて現れ、あだ名となった豊かな黒いひげに、麻の切れ端や火をつけた導火線を編みこんでいた。この余りに印象的な黒髭の姿は、後の小説や劇、映画などに登場する海賊の典型例となった。

 

経歴

生い立ち

1680年ごろイングランドのブリストルに生まれたと考えられているが、海賊として名を成すまでの彼の生い立ちはほとんど知られていない。

成人した彼は、1710年から1713年にかけて行われたスペイン継承戦争の頃に、ジャマイカを拠点としていた私掠船に乗り組む。1716年ごろにはニュープロビデンス島に移り、同じくジャマイカを拠点としていた海賊ベンジャミン・ホーニゴールドの部下となる。

ホーニゴールドの下で働いていた1717年11月18日、マルティニーク島近海でナントを出港してきたフランスの奴隷船、ラ・コンコルドを捕まえ、ホーニゴールドから船の指揮を任される。マルティニークのフランス総督府の記録によると、「エドアルド・ティッチ(Edoard Titche)は、イギリスの海賊でそれぞれ12門と8門の大砲を積んだ2隻の小型船を指揮下においており、250人の船員を従えていた」とある。ラ・コンコルドは40門の大砲を積んだ300トンのフリゲートであり、アフリカ西海岸に入り込んだイギリス、オランダ、ポルトガル船籍の船を捕らえていた。ティーチは、この船を「クイーン・アンズ・リベンジ(Queen Anne’s Revenge, 「アン女王の復讐号」)」と名づけた。その後間もなく、ホーニゴールドは私掠船の契約を元に恩赦を受けて引退し、ティーチが海賊団の指揮を執ることになった。

台頭

黒髭は北アメリカ大陸の大西洋側の沿岸や西インド諸島の航路や集落を荒らしまわり、その残忍な行動で海賊として一躍有名になる。30門の大砲を積んだイギリスの軍艦スカーボロー(HMS Scarborough)を撃退したことが彼を一躍有名にした。

主要な航路を航行中の商船を襲い、乗船させるように迫るのが黒髭のやり方であった。相手が積載貨物や食料、武器、それに酒をおとなしく引き渡せばそのまま解放したが、もし抵抗した場合には全ての乗員を殺害した。

メイナードの船に吊るされた黒髭の首。『海賊自身の書』より

やがて黒髭は、バハマ諸島のナッソーとカロライナの2箇所に拠点を備えるまでになった。この頃彼を筆頭とした海賊達の横行は猖獗を極め、ニュープロビデンス島を中心としたカリブ海は「海賊共和国」(Privateers Republic)とあだ名され、傲岸にも黒髭はその行政長官を名乗るに至った。イギリス本国の関心は戦乱相次ぐヨーロッパにあったため、ノースカロライナ州の英総督チャールズ・エデンは海賊との妥協を強いられ、黒髭に戦利品の一部と船舶の保護と引き換えに、恩赦を与えている。その後元私掠船の船長であるウッズ・ロジャーズがバハマ総督に就任、本格的な海賊退治に乗り出し次々と海賊団を壊滅させたため、黒髭はナッソーを放棄することを余儀なくされている。

没落

ナッソーを放棄してから数週間後には黒髭は海賊行為を再開していた。以前より激しい襲撃を繰り返すようになり、ついにエデン総督も黒髭の徹底的な捜索に乗り出した。

ノースカロライナ州オラコーク湾において、黒髭とその船団はイギリス軍艦パール(HMS Pearl)と最後の死闘を繰り広げた。黒髭は死ぬまでに25回以上剣や銃で傷つけられながらも暴れ回り、死後にパール艦長のロバート・メイナードの手によって首を切り落とされた。彼の頭は船首に吊るされた。またこの戦い以前に財宝をどこかに隠したという伝説がある。

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